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オバマ大統領の広島訪問、異議はないが、違和感あり!

 5月10日に、オバマ大統領の広島訪問が発表されました。私はこれに対し、異議はありませんが、違和感を感じます。   原爆投下についてのアメリカ政府の公式見解は、トルーマン大統領の時代以来、「戦争を早期に終結させるために必要であった。」という主旨のものです。この見解から逸脱して、アメリカが謝罪をするということはあり得ません。   ホワイトハウスは今回の訪問で「原爆投下の決断については振り返ることはしない」と強調しています。「謝罪」はしないということです。  

「謝罪はできないが、広島に訪問したい」、そんなオバマ大統領の狙いは、外交上の「点数稼ぎ」に他なりません。  

2009年、オバマ大統領は就任早々、プラハで、「核のない世界をめざす!」と大見得を切ったわけですから、それに呼応する何らかの最後の花道が欲しいのでしょう。

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2009年4月5日、プラハ演説

 

米ロ関係の悪化によって、核軍縮は停滞、北朝鮮の核開発など、プラハ演説で打ち上げた核軍縮の成果がほとんどないオバマ政権。「今さら何を」、と思いますが。しかし、こんな露骨な「点数稼ぎ」でも、外交は外交、日本も付き合わなければなりません。「謝罪がないならば、来なくて結構!」とでも言ってやりたいところですが、仕方ないですね。

原爆で犠牲になった人々に大統領が哀悼の意を捧げるということは意義のあることです。平和のメッセージを大統領が広島から発するということも重要なことです。しかし、原爆投下という大きな歴史問題に対し、オバマ大統領の訪問は何とも軽く映ります。全然、重みがない。中東問題、ウクライナ問題などの外交に及び腰で臨んだオバマ大統領が、広島訪問をしても重みが感じられないのです。  

先月、ケリー国務長官を「探り」の目的で、広島に送り込んで、アメリカ国内の反応を見てから、大統領が出向くなどというのも小賢しい。政治リスクを取る気がないのです。  

広島の方々も、複雑な思いで、シックリと来ないでしょう。「来るならば、就任早々に来い。」という思いがホンネではないでしょうか。タイミングも悪く、下手をすると、「サミットのついでか!」というオマケ・ニュアンスで捉えられてしまいます。

昔、1971年、ニクソン訪中というのがありましたが、これは電撃的におこなわれ、ニクソン大統領は賭けに出ました。スケールがデカイ。そういう気概が、今の大統領には・・・   オバマ大統領の広島訪問は良くも悪くも両面あり。何とも中途半端なことで。こんなことをしているからトランプなどという得体の知れない候補が現れるんではないでしょうか。

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