日本の国債は大丈夫か?

・日本の国債は安泰か

財務省は2016年度予算に対する各省庁からの一般会計の要求総 額は過去最大の約102兆4000億円と発表しました。 15年度の101兆6806億円を上回ります。 100兆円超えは2年連続で、社会保障費と、 国債の元本返済と利払いに充てる費用が過去最大規模となります。  

このまま、財政支出が拡大され続け、 日本の財政や国債の安全性は大丈夫なのでしよなのでしょうか。日本の現在の国債10年物の利回りは0.5%程度と極端に低く、世界各国の国債で、最も安全とされている国債の一つです。日本は巨額の財政赤字を抱えながらも、財政破綻しないと、投資家から判断されています。

日本の国債は外国人がほとんど、買っておらず、九割以上は日本人が買い支え、国内で消化されています。日本国民の金融資産(銀行預金など)の合計は約1400兆円あり、銀行はこの預金で、大量の国債を購入します。つまり、我々の一人一人が、国債を購入していなくとも、我々の銀行に預けた預金で、銀行が国債を購入しているのです。国民が金持ちであるから、政府の借金を肩代わりする余裕が充分にあるという構図の中で、日本国債は安全と評価されています。

国債金利の他に、各国国債を評価する基準として、三大格付け会社の格付け評価があります。スタンダード&プアーズ、ムーディーズ、フィッチレーティングスの3社がこれに当たります。実は、これらの格付け会社によると、日本国債の評価は、現在、それほど安全という訳でもないのです。

格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は9月16日、日本の国債格付けについて、「AAマイナス」から「Aプラス」へと1段階引き下げました。「デフレ脱却や経済成長をめざした政府の経済政策が、国債の信用力の低下傾向を今後2~3年で好転させる可能性は低い」として、安倍政権の経済政策「アベノミクス」の効果が見込めないことを理由に挙げています。  格付けは、借金の返済能力を判断したもので、S&Pが日本国債の格付けを下げるのは2011年1月以来、4年8カ月ぶり。Aプラスは21段階あるS&Pの格付けのうち上から5番目。AAマイナスの中国や韓国より悪くなり、アイルランドと同水準となっています。  国債の利回りが低いということだけで、安全とは言えず、特に日本の場合は巨額の財政赤字の存在が、国債のマイナス評価の大きな原因になっています。

銀行や機関投資家は、手持ちの国債の評価が悪化し、値下がりすると含み損が発生するため、国債を売却して、保有を減らそうとします。国債売りが重なれば、国債の安定性は損なわれます。日本の国債が、いつまでも安全だという保証はどこにもありません。 

また、日本の財政赤字GDPの2倍と先進諸国の比率(0.6~1.5倍)に比べて、突出して高い状態です。GDPは1年間に、国内で個人や企業が稼いだ総額で、借金の大きさをGDPに比率換算することで、他国と、借金の大きさを比較することができます。100万円の借金のあるケースでも、年収1000万円の人と500万円の人では、借金の重みが違います。

日本は、財政危機が起きたギリシャやイタリアをも上回る比率です。こうしたことを、判断の材料に、スタンダード&プアーズなどの三大格付け会社は、日本国債の評価を高く評価していないのです。

 

・過去の戦争と国債

アベノミクスの政策の大きな柱は金融緩和です。金融緩和とは簡単に言うと、日銀が紙幣を印刷して、市場に供給する方法のことです。新しく刷り上がった紙幣で、日本銀行国債を購入して、政府が紙幣を獲得し、赤字を補填し、財政を拠出し、最終的に市場に紙幣が供給されていきます。

しかし、本来、日本銀行国債を直接に引き受けることは、法律で禁止されています。政府が日本銀行に、国債を買わせると、日銀はお札をどんどん印刷して、購入のための資金を作らなければなりません。これが無制限に繰り返されると、紙幣の供給量が拡大し、その価値が棄損されていきます。紙幣の価値が棄損されればされる程、インフレになります。

そのため、日本銀行国債の引き受けは、国債の借り換えの場合に限り、法律で認められています。国債借換えとは、国債を購入した投資家・投資機関に、お金を返す(償還)に際し、その返済の財源を調達するために、新たに国債(借換債)を発行することです。現在、日銀は金融緩和で、増刷した紙幣をこの借換債の購入に当てるオペレーションを引き受けています。しかし、これは、実質的に日銀の国債引き受けと同じものです。

日本国債は戦前、ジャンク債になったことがあります。1937年、日中戦争勃発で、外国の投資家向けの「日本国債ポンド建て」の金利は10%を越え、第2次世界大戦が勃発した1939年には、20%を超えました。当時の日本政府は、戦争遂行のための予算捻出のため、国債日本銀行に一方的に引き受けさせていました。その後、インフレが進行し、敗戦を待たずして、日本経済は崩壊します。

こうなることを警戒し、日銀の国債引き受けに反対したのが高橋是清大蔵大臣でした。しかし、高橋蔵相は軍部の反発に合い、1936年の2・26事件で、暗殺されました。

また、ドイツ・ナチスは軍事拡大のための巨額の費用を確保するため、大量の赤字国債を発行しました。クルップ財団、イーゲー・ファルベンなどのナチスと癒着していた独占企業が、国債を無制限に引き受けました。これらの独占企業は偽計的な特別会計に、国債購入費を計上し、欠損を隠蔽しながら、ナチス政府との癒着を強めていきました。

このような国債の乱発を反省して、戦後、国債の日銀引き受けは、法律で禁止されたのです(財政法第5条)。現在、法律の網の目をくぐる方法で、前述のように、日銀が実質的な国債引き受けをしていますが、多くの識者が、戦前の歯止めのない破綻への道に回帰するのか、と警鐘を鳴らしています。一方で、このような特例的なオペレーションを常態化させずにはいられない、日本の危機的な財政状況があるのも事実です。

本来、財政悪化の悪循環を断つために、やらなければならないことは、税収引き上げと、支出の抑制によって、プライマリー・バランス(基礎的財政収支)を黒字化することです。プライマリー・バランスは毎年の政策経費を、税収など、国債以外で調達した歳入で、どれだけ賄えているかを示す指標です。

2014年4月から消費税を5%から8%へ上げ、2015年10月には、10%へ上がる予定になっています。こうした消費増税はプライマリー・バランス改善のための施策として、実施されるものですが、1000兆円を越える巨額の財政赤字に対して、「焼け石に水」とも言われています。プライマリー・バランスを黒字化させるためには、消費税を20%以上に引き上げなければならないと、主張する識者も多くいます。

 

国債の歴史

中世から近世の絶対王政の時代、戦争などによって、支出が膨らみ、慢性的な財政難に陥っていました。

国王は商人や貴族などの富裕層から巨額の借金をし、戦費を調達していました。戦争に負ければ、戦利品や領土が得られず、借金を返すこともできません。そのため、国王の借金は頻繁に踏み倒されました。

太陽王」と呼ばれたルイ14世も、度々、対外侵略戦争を行いましたが、そのほとんどがうまく行かず、莫大な戦費を浪費しました。このため、王室は何度も、デフォルト(債務返済不能)を一方的に宣言し、借金を踏み倒しました。しかし、太陽王に異議を申し立てる者などなく、債権者は泣き寝入りする他にありませんでした。

また、国王には寿命があり、次代の王が、先王の借金は、自分には関係がない、と言って、借金を踏み倒すこともよくありました。その意味で、財政は今では考えられない程、ズサンなものでした。

王の恣意的な財政運営を改善するため、イギリスでは、1688年の名誉革命によって制定された「権利の章典」で、国王による借金や課税は、議会の承認を得なければならない、と規定されました。名誉革命後、フランスとの新大陸をめぐる争奪戦が本格化し、戦費の増大が避けられませんでした。戦費の調達のため、1692年、議会は国債のシステムを法文化し、史上初の国債がイギリスで誕生します。

国債の償還や利払いの財源として、新税が創設されることの取り決めなど、綿密な制度設計がなされます。こうして、イギリスの国債は信認を得て、国内外の多くの投資家が買い支えるようになります。イギリスは様々な種目の国債を発行し、その財源となる税項目も、広範に及び煩雑となったため、1750年以降、それらの種目の国債を、償還期限のない国債に統合しました。統合(=コンソリデート)という名前を取って、この国債は「コンソル債」と呼ばれるようになります。

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ヘンリー・ペラム首相  1752年、政府の財政問題に対処し債務をまとめる(コンソリデート)ために、最初のコンソル公債を発行

 

「コンソル債」の取り引きは活発化して、流動性が飛躍的に高まりました。国家の経営基盤は、その財政にあります。国債の位置付けが法的に明らかとなり、それを議会などの市民政府がオープンな審議により、透明性を確保しながら、管理・運営していきます。

財政の安定した国家は、かつてのように、王朝の交代もなく、国家と国民が財政的に結び付き、永続的に経済協力する、いわゆる近代の「国民国家」と変貌していくのです。

こうした優れたイギリスの国債の資金調達のシステムがフランスとの植民地争奪戦やナポレオン戦争での勝利をもたらします。フランスはイギリスのようなシステムを持たず、常に資金難に苦しめられました。イギリスは、信用力をめぐる戦いに勝ったと言えます。イギリスの「コンソル債」の金利は当時、おおよそ、3%以下で推移していたのに対し、フランスの王朝政府が発行する国債は6~7%で推移していました。フランスは、資金調達のコストがイギリスの倍以上かかっていた、ということになります。

フランスが国債を議会の管理として、法的な位置付けを整備し、市場に流通させはじめたのは19世紀半ばからです。なお、ドイツや日本は20世紀からです。

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