憲法は「con(一緒に) + stitutus(作る)」こと

今回の衆議院選挙は憲法改正が大きな争点となっている珍しい選挙です。
自民党公約には自衛隊明記を含めた「改憲4項目」が盛り込まれています。希望の党の公約にも「9条をふくめ憲法改正論議をすすめる」と記され、改憲には前向きです。
一方、こうした改憲論に反対するのが立憲民主、共産、社民の3党です。立憲民主党は公約に「専守防衛を逸脱し、立憲主義を破壊する、安保法制を前提とした憲法9条の改悪に反対」と明記しています。

民主主義国において、権力の分散は憲法によってルール化されています。憲法は英語で、constitutionです。constitutionはconstituteという動詞の名詞形です。constituteはラテン語でconstitutusです。「con(一緒に) + stitutus(作る)」というのが元々の意味です。「uni(単独で)+作る」のではなく、「con(一緒に)+作る」のが憲法であり、それを基礎として民主主義は成り立ちます。憲法は、国民が国家を一緒に作ることを約束した証文であり、権力者や為政者であっても、破ることのできない掟のようなものです。

憲法の起源は13世紀に遡ります。当時、イギリス王ジョンは自らの失策によって、フランスとの戦争に敗北し、フランス内の領地のほとんどを失いました。そのため、彼は「欠地王」という名前を付けられます。しかし、ジョン王はそれでもまだ、無謀な戦争を仕掛け、再び敗北しました。

1215年、貴族を中心に国民がジョン王に退位を求め、団結します。ジョン王は退位させられることはありませんでしたが、王の権限を大幅に制限する文書を認めました。この文書は「マグナ・カルタ(大憲章)」と呼ばれます。

マグナ・カルタ」は王権を法で縛ることを契約したもので、近代憲法の発祥とされます。その主な内容として、王は勝手に戦争をはじめてはならない、戦費調達のための課税を一方的にしてはならない、ということが規定されています。議会を召集し、議会の同意を得た上で、それらのことがなされるべきこと(第14条)など、王権の暴走を防ぐことを目的としています。

マグナ・カルタ」は、その後の王権の強大化で、反故にされますが、17世紀、法学者のエドワード・コークによって、王権に対抗するための市民側の論拠として、復活させられます。コークは「マグナ・カルタは、その上に王を持たない存在である」と有名な言葉を述べています。

17世紀のイギリス市民革命の成果であり、事実上の憲法である「権利の章典」へ、「マグナ・カルタ」は発展継承され、さらに、18世紀のアメリカ合衆国憲法の制定に大きな影響を与えます。

圧政と戦ってきた人々が、国家を「con(一緒に) + stitutus(作る)」ことを誓う中で、憲法は生まれました。憲法は人々の民主主義への意志を最も端的に示し、同時に、民主主義というものが何であるかを示しています。

 

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エドワード・コーク Sir Edward Coke (1552-1634年)

17世紀、イギリスの法学者で政治家。庶民院議員。イギリス国王ジェームズ1世が王権の絶対性を主張したのに対して、コークが「法の技法は法律家でないとわからないので、王の判断が法律家の判断に優先することはない。」と主張しました。怒ったジェイムス1世が「王である余が法の下にあるとの発言は反逆罪にあたる。」と詰問したのに対し、コークは「国王といえども神と法の下にある」と答え、一歩も退きませんでした。

 

宇山卓栄『世界史で学べ! 間違いだらけの民主主義』

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